保健室のベッドは、別にこれと言って許可が無くても使用できるから好きだ。 昼ごろには南からの柔らかな光が真っ白なカーテン越しに差し込んできてとても心地良いし、 太陽の匂いのするシーツに顔を埋めて、まどろむのは何ともいえない幸せだった。


「おい、学生は勉強するのが仕事だろう?」
「でも息抜きも大切なことですよ」
「お前は抜きすぎなんだよ」



ぽかぽかとした心地良い暖かさに目を細めながらベッドに寝転がっていると、 いきなりカーテンを開けられて呆れた表情の星月先生とご対面。 星月先生は、軽く溜息を吐きながらあたしの寝ているベッドに座って、お小言攻撃をしてきた。 それを屁理屈やらなんやらで返すと、また先生から溜息が漏れた。 それを見た優しいあたしが、溜息吐くと幸せ逃げますよ。なんて言えば、誰のせいだ、誰の。と言って軽くほっぺたを抓られた。


「ぼーりょくは駄目ですよ」
「これは暴力じゃない。お仕置きだ」
「・・・・ちょ、もう一回」



と言えばもう一度あたしのほっぺたを狙って先生の手が伸びてきたので、そっちじゃなくて!と言いながらその手を回避。 先生はそれに面白くないと言いたげな表情で、じゃあ何がもう一回なんだ。と言ってきたから、 もう、本当は先生も分ってるく・せ・に(はあと)と返せば、非常に何とも言いにくい表情になった。 今に始まったことではないけど、先生はもう少しノリと言うものを身につけるべきだと思う。


「・・・はあ、そろそろそこ代われ。お前はもう堪能しただろ」
「えー、嫌ですよ。ここはあたしの特等席です」
「元々は俺の特等席だ」
「なら、今はあたしのものです。でもまあ、今は半分こということで。はいどうぞ」



そう言ってごろりとベッドの端によってあげたあたしは何と心の広い人間なんだと、自分で自分を褒め称えてあげたくなった。 しかしあたしが折角つくってあげたスペースはなかなか埋まらないのでどうしたものかと思って先生を見てみれば、 先生は顔に手を当ててはあーと重くて長い溜息を吐き出してた。 あたしは先生のそのお気持ちがいまいち理解できなくて、え?なぜに溜息?としばし混乱。 もしかしたらあたしが思ってたより自分の表面積が大きかったのかな?と思い、もう少しベッドの端に寄ってみた。


、お前はもっと危機感を持つべきだ」
「はい?」
「俺だって、男なんだぞ」



そう言うが早いか、星月先生がベッドの上であたしを見下ろしていた。え?これなんて恋愛漫画? 先生の綺麗な翡翠色の髪が頬を掠めてくすぐったい、けど今はそんなこと言ってる場合じゃない。 目に見える光景と現在の状況を把握、というか頭の中で処理が出来なくて目がぐるぐると回るような気分になる。 ああ、これは白昼夢だね。そうだね。すばらしいほどリアルな夢だね!最近の夢はハイクオリティーなのだね! じわじわと熱くなる自分の顔が恥ずかしくて、早く夢よ覚めろ!と願いながら顔を腕で覆ってみた。


「・・・ぷっ、あはは」
「な、何が可笑しいんですか!こら!ほ、星月!わ、笑うな!笑うんじゃない!」
「お前の真っ赤な顔見てたら面白くてな、ふふっ」
「あーもう!笑うな!見るな!ばか!ばかばかばか!」



ぎゅっと目を瞑ったら、先生の笑い声が聞こえてきて、何事かと思いバッと目を開いた。 そしたらお腹抱えて笑ってる先生がいて、あたしのさっきまでの混乱は一気に引いて次にドッと恥ずかしさが溢れてきた。 人を馬鹿にしやがってええええええ!と怒り出したいのは山々なのだけど、さっき一瞬でもドキドキとしてしまった自分を思い出して また恥ずかしくなってきて、もうどうしようもなくなって両手で自分の熱い顔を覆った。くしゃりと前髪が乱れるけど、今は無視だ無視!


「ま、いいものも見れたし笑い疲れたということで昼寝するとするか」
「・・もう、最悪ですよ。先生のばか!サボり魔!甲斐性なし!」
「はいはい、そう拗ねるな。さっきのお前、可愛かったぞ」
「・・・・っ、」



まだ熱い顔を気にしながらギロリと先生を睨んでやれば先生にわしゃわしゃと頭を撫でられた。 くそう、イケメンじゃなかったら顔面蹴ってるんだからな!と心で叫びながら暴言を吐いてやれば、 先生は意地悪そうな顔で可愛かった、と言って笑った。それにまた心臓が煩くなるのを感じて、 仕方なくあたしは特等席を先生に譲ってあげることにした。これは意地悪してくる先生を可哀想に思っての判断であって、 決して先生から逃げるわけじゃない。そう、逃げてるわけではないのだ!


「お、どうした?授業でる気になったか?」
「・・・・・星月先生のえろ保険医っ!」



思い立ったが吉ということいで、これまた神速レベルのスピードでベッドから降りて上履きを履いて保健室をでた。 そのとき先生が何か言ってたけど華麗なスルーを決めておく。 そして保健室を出るときに精一杯の罵声をそれはそれは力強く浴びせておいた。その際、選んだ言葉が少々幼稚だったけど気にしない気にしない。 ま、あれぐらいあたしの羞恥と比べたら全然許される・・・・・って、あー、もう!さっきの光景が頭から離れないいいいいい!



あたしが譲ってあげた特等席で、先生がすこし頬を赤く染めて苦い顔をしていることを、あたしは知らない。