だーれもいないと思ったら、だれかいた。あいつが、いた。 真っ暗闇の部屋の中で、こっそり隠れるように。 ぐずぐず、ぐずぐず、しくしく、しくしく。 そっと、押し殺すように、泣いていた。独りぼっちで。





俺は足を止めて、手を扉から放して、その場に座り込んだ。 残念ながら、俺にはあいつを慰めるすべを知らない。 だから、俺は何も知らない、何も見てない。そういうことにする。 俺は、弱虫だ。いつもいつも、こういう場面になると、逃げ出す、ずるい弱者だ。






あいつは、いつも1人で我慢する。中学のときも高校のときも、そうだった。 女子から何かされても、すごく辛いことがあっても、そっと、そっと隠している。 今だって、それは変ってない。今日の朝、あいつはいつもどおり、にこにこ笑ってた。 なのに、なのに、なんで?あの朝の笑顔は、作ったものだったのか?我慢してたのか? 俺も、柳生も気付かないように、上手くうまく隠していたのか?





詐欺師、なんて名前負けじゃ、なんて。悔しくて、くやしくて、ぎゅっと唇を噛んだ。 俺はごそごそとポケットに入っていた携帯を出して、新規メールを作成。 送信相手、柳生比呂士。用件、はよかえってきんしゃい。メール完成、送信。 パチン、と携帯を閉じて、目蓋も閉じた。泣き止め泣きやめ、泣きやめ。 柄にもないけど、神様なんて信じないけど、祈った。が、泣きやみますように、と。






柳生が帰ってきたら、3人で飯を食べよう。もちろん、あいつの大好きなメニューで。 それから、あいつの好きなテレビを見て、あいつの好きなことをして、あいつの好きな入浴剤を入れた風呂に3人で入って、それから、それから、あいつを真ん中にして3人で寝よう。それで、それで、それで、あいつが、が、楽しそうに、笑ってくれたら、いいな、なんて。