「よお、
「え、」
「なんじゃ」
「仁王、なにしたいの?」



屋上に、ふらりとが来た。そのは俺を見つけて、少し目を見開いた。 疑問をたっぷり含んだ真っ直ぐな声が、俺をゆるく刺す。 今、俺はとフェンスを挟んで会話をしている。 ふわり、柔らかな春風が俺との髪を小さく煽るように揺らした。


「さあ?」
「飛ぶの?」
「わからん」
「そか」



かしゃん、俺の背中に当たったフェンスが鳴った。 あと1歩、ほんの小さな距離を進めば俺の人生はあっけなく幕を閉じてしまう。 でも俺は別に死にたいとかそういう感情は微塵も無い、のだけど、 今はなんとなくここに居たいと思った。だから、このフェンスを越えたここに居る。


は、俺に死んでほしいんか?」
「まさか。そんなことありえないよ」
「ふーん」



くるりと180度の半回転をして、フェンス越しのを見てみた。 は光を含んだきらきらの透き通った眼で、俺を見る。 その目は、焦りや怯え、蔑みや呆れを一切含んではいなかった。 きらりきらりとビー玉みたいなの眼球が、俺を映す。 そのの視線と俺の視線がゆるく絡まったら、ふわりとまた風が吹いた。


「飛ばないなら、こっちおいでよ」
「どうしようかのう」
「仁王が帰って来ないなら、あたしもそっち行こうかな」
「落ちてもしらんぜよ?」



あはは、と目を細めて軽く笑ったは、動かない。 は無理矢理をさせない。だから、俺も動かない。 俺との視線はまだ絡んだままで、どちらも解こうとはしない。 けど、それを壊したのは、びゅう、と不意打ちに吹いた大きな風。 そのあまりの強さに、俺の身体はいとも簡単にぐらりと傾いた。 無意識の防衛本能で伸ばされた手が、かしゃんと虚しくフェンスを掠めて、大きく空を切る。


「にお」
、」



少し驚いたようなの声と、それに反応したように出た俺の声は、どちらも風に攫われていった。びゅううう、と耳元でうるさく泣き叫ぶ風と、遠くとおくなるとフェンス。 あっけないのう。なんて、俺は風に包まれながら、情けない音で呟いた。 でもそれは誰にも届くことなんてなくて、すぐに風に攫われてしまった。